しゃべりすぎ研究所

毎日更新を目指して書きます。 音声認識を駆使して口述筆記する日もあります。

メモソフト、音声入力ソフト、お絵かきソフトを使って日夜遊んでます。

日本人は慎重な民族のようだ
セロトニントランスポーターのS型
保有する率が高い




 大人から子供まで、全ての人に贈りたい考え方だ。
 普段から筆者は、朝、目覚めた時から始まり、頭の中が「とっ散らかっている」(=混乱している、散らかっている)。
 順番はこうだ。
目覚める ⇒ スマホを枕元で手で探り探す ⇒ スマホ見つからず。起きる ⇒ リビング、居間に行く ⇒ スマホが見つからない ⇒ 寝床に戻ってスマホ探す ⇒スマホ見つかり、リビングに戻る ⇒ 夜寝床で読んだ漫画、小説が気になりだす ⇒ 寝室に戻る ⇒ 本探す、見つからない ⇒ リビングで見つかる ⇒ (以下繰り返し)。
 これは、探しものにおいて一例だが、仕事中であれば、頭の中は3つの仕事があるなら(用事や、やる事、小さな日々の仕事)、あっちが気になりこっちが気になり、この繰り返しである。

1つの用事や仕事であっても、少しやれば、さらにいくつもの用事や仕事が発生してくるものだ、つまり、蜘蛛の子を散らすように、というか、蜘蛛の巣が真ん中から外に広がる形を思い浮かべてほしいが、無数の用事が発生するものだ。
結論、一度に全く異なる仕事をするのは不可能なのである。

 道具の発展によって我々は発展してきた。
 現代において車の存在を否定する人はあまりいないのではないだろうか。
 炊飯器や、洗濯機の存在は主婦の強い味方で、機械が労働することで、主婦は他の目標の為に働いたりできる。
 力持ちの男性でさえ持ち上げられない物を、クレーンなどが代わって運ぶ。
 様々な労働が道具により肩代わりされ、自由な時間が増え、人が多様な目的のために行動できるようになった。
 
 

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